
奈良市役所が2012年から取り組んでいる創業支援事業。
その新たな取り組みとして2022年から実施しているのが、県外在住の参加者と奈良市の企業がともに新規事業(なりわい)をつくるプロジェクト「ならわい」です。
これまで参加した27人のうち、なんと7人が後に奈良へ移住しています。
「ならわい2025」の第2、3、4回が、2025年9月から11月にかけてオンラインで行われました。
参加者は第1回以降、何を見聞きしたり、調べたりして、“なりわい”を探っているのでしょうか。
中間発表の様子や参加者のリアルな感想を交えながら、お届けします。
新しいミッションや新店舗などが、売り上げの向上につながった
第2回は9月28日に開催されました。
参加者たちのチェックインの後、県内で6店舗を運営する株式会社啓林堂書店の代表取締役社長・林田幸一さんの講演「ビジョンから描くビジネスモデル」が始まりました。
林田さんは学生だった2011年、東日本大震災の影響で「お金と設備がないとできない研究者の道ではなく、事業をつくれるようになろう」と考えたそうです。クックパッド株式会社や株式会社リクルートコミュニケーションズ(現・株式会社リクルート)での勤務を経て、29歳のとき奈良に戻り、2022年に3代目として代表取締役社長に就任しました。
どうありたいか、どんな会社にしたいのか。マーケティング起点ではなく、自分起点の思いを整理した林田さんが掲げたのは「すべてのブックライフに寄り添う」というミッション。書店業界の厳しい現状を踏まえつつも、既存の事業に近いところから領域を広げようと模索し、単に本を売るだけでなく、読書体験全体に寄り添うビジネスモデルへの転換を図りました。ブックカフェ「書院」をオープンするなどの取り組みが、売り上げの向上につながったそうです。今後も「本を愛おしむ人を増やす」ための事業展開を検討しているといいます。

その後、チームに分かれて検討し、最後に再び集まって途中経過を発表しました。
奈良信用金庫チームは、若年層、個人事業主、企業という3つの方向性で検討していることを報告しました。6FARM(ロクファーム)チームは、ブランディングについて議論し、完熟いちごだけでなく生産者の魅力も伝える必要性を感じていると共有しました。奈良ホテルチームは、奈良ホテルの価値の言語化と、顧客の期待とのギャップを埋める方法を検討していることを報告しました。

自分の引き出しと地域の解像度を掛け合わせ、価値を生む
第3回は11月3日に開催されました。
ゲストは、合同会社ほうせき箱の代表社員としてかき氷専門店「kakigori ほうせき箱」を経営し、奈良のかき氷ブームの仕掛け人になった平井宗助さん。「平宗」で知られる株式会社柿の葉寿司の代表取締役も務め、さらにならまちの商店街である、奈良もちいどのセンター街協同組合の副理事長として新しい商業施設の建設プロジェクトにも関わっています。
テーマは「地域でのブランディングを考える」。平井さんは地元に応援してもらうための必要なポイントとして、①地域の歴史・文化・風土に寄り添った商品・サービスをつくること、②自分の店だけでなく面で考えること、③地域の課題に対してチャレンジすること、④わかりやすく伝えることの4点を挙げました。
質疑応答で、「『文化』をつくるにはどうしたらいいか」という質問に対して、平井さんはこう答えました。奈良の郷土料理である柿の葉寿司については、「店舗を継続させることで、『他でやりたい』という声が上がるようになる。それを歓迎していくこと」。その姿勢は、かき氷分野でも活かされました。「氷室神社で行われるかき氷のお祭り『ひむろしらゆき祭』などを継続させたり、小冊子『奈良かき氷ガイド』をつくるためにいろいろな店舗を回って呼びかけたりして、(自社のことだけではなく)面で考え、地域で動いていきました」。こうしてメディアでも取り上げられやすいコンテンツ設計をしたことで、広がり、定着していったそうです。
「自分の引き出しと地域の解像度を掛け合わせることで他にない価値が生まれ、好きなことであれば継続できる」と平井さん。最終的なゴールは稼ぐことではなく「お金を何に使うか」で、死ぬときにどうありたいかを考えながら仕事をしていると締めくくりました。
その後、チームに分かれて検討し、最後に再び集まって各チームが途中経過を発表しました。特に、調査のために奈良市内の複数の飲食店へのインタビューも行った奈良信用金庫チームに対して、他のチームは「企画を考えるときのリサーチ方法として、そういうこともしていいのか」と驚いていました。チーム内だけではなく、チームどうしで刺激を与え合い、学び合うことができるのも「ならわい」の特徴です。

調査や熟考の末に具体的なアイデアを提案した、各チームの中間発表
第4回は11月22日に開催されました。この日は第2回や第3回とは違って、はじめに「中間発表」が行われます。9月から進めてきたことの現状や成果を発表するため、各企業の担当者も参加しました。オンラインではありますが、ちょっと緊張感の漂う雰囲気です。
トップバッターは奈良ホテルチーム。なんとメンバー全員が奈良に来て、奈良市創業支援施設「BONCHI」の会議室から発表しました。テーマは「クラシックホテルの体験価値をともに生み出す」。奈良ホテルの魅力を「時代を超えて、変わらぬ扉が迎える場所」と表現し、その魅力も整理しました。
一方で、そうした魅力が十分に伝わっていない点もあるため、具体的な施策としてARを使った開業当時のツアー、未来の自分への手紙、奈良ホテルおもひで写真、地域の周辺施設とのタイアップなどを提案しました。
その発表を聞いた奈良ホテルの広報担当の津川あかねさんが、課題と魅力が分かりやすくまとめられていることへの感謝を伝えました。そのうえで、提案のなかに既に取り組んでいるものも複数あるという指摘や、ARを使った開業当時のツアーや周辺施設とのタイアップを実現したいという意見も。メンターからは、ひと味違うホテルであることを分かってもらえるようなメッセージを打ち出せるといいというフィードバックもありました。

次は、6FARMチームです。発表のテーマは「奈良のいちご『古都華』を全国のブランドに」。6FARMの強みは、完熟という品質へのこだわり、6FARMの代表・渡辺邦彦さんの人を惹きつける人柄、パイオニア精神、持続可能な就労環境だと話しました。
ファーム自体をブランド化し、それを通じて古都華全体の底上げを図る戦略も語られました。ブランドビジョン・ミッション・バリューの策定、新ブランド名の検討、クラウドファンディングの活用、アンバサダー制度の導入、完熟状態の判定方法の開発など、具体的な提案を発表したのです。
それを聞いた渡辺さん夫妻は、完熟いちごの基準や統一化のむずかしさに対する共感や、今自分たちができていないことへの関心を示しつつ、ブランド化の名前は「まさに今検討中です」と話しました。メンターからは、「6FARMのいちごのおいしさの伝え方や届け方の具体的な方法まで考えるといいのではないか」といったフィードバックがありました。

最後に、奈良信用金庫チームが「ならしんConnect計画」と題して発表しました。奈良信用金庫の課題に、若年層のお取引が少ない点があります。奈良市民にはファミリー層が多いなどの調査結果から、人と人、人とまちをつなぐサービスを企画。
ファミリー層向けサービスとして金融教育を軸にしたワークショップ・体験、教室、放課後ひろばを、事業者向けサービスとして地域の飲食店と働き手のマッチングをするアプリによるローカルSNSを提案しました。
その発表を聞いた奈良信用金庫の堀田裕一郎さんから、自分たちの課題認識と合致していることへの感謝と、提案内容はなかなか着手できていない部分だったこと、生き残っていくために“人をつなぐ”という強みを生かしていきたいことなどのコメントがありました。メンターからは、「ファミリー層向けの提案は地域に根差した金融機関だからこそできることなのではないか」「奈良信用金庫と付き合うとどういうメリットがあるのかをより明確にすべき」といったフィードバックがありました。

第4回のゲストは教育エンターテイナーで、株式会社bokutakuの代表であり、神山まるごと高専教授でもある関戸大さん。関戸さんは、学習者と教員および学習者どうしが共に学び合うような場の相互作用(インタラクション)を重視する教え方「インタラクティブ・ティーチング」の開発・研究に関わってきました。プレゼンテーションがとても上手で、聞き手が実行に移したくなるような伝え方を教えてくれるとの紹介がありました。
最終発表に向けたレクチャーが始まりました。講演のテーマは「共感を生む伝え方講座」。プレゼンテーションでは、情報を伝えるのではなく物語を語ることが重要なのだそうです。相手を動かすためには「課題・原因・解決策・効果」という展開よりも、「共感・信頼・納得・行動」というストーリーのほうが伝わるというお話でした(下記の画像参照)。また、プレゼンの成功指標は「プレゼンを聞いた人が言いふらせるようになるか」だといいます。

実践的なお話もありました。資料づくりのポイントとして、箇条書きは3つにすること、見出しは13文字以内といった資料の適切な文字数、図表は左側で文字は右側に配置するレイアウトなどを解説。話し方のポイントなども紹介しました。
オンラインの実施で、関戸さんから「(zoomの)チャット欄を活用してもらえると反応が分かります」というお話があったため、参加者は積極的に書き込んでいました。ある参加者からは「反省点がたくさんで…参考になりました」とのコメント。参加者は反省したり共感したりしながら、自分たちの最終発表のプレゼンをどうしていくか、頭を整理している様子です。
その後、チームに分かれ、企業の担当者も交えて、話し合いが行われました。
ふだん出会えないような人と出会える。「ならわい」のプロセスが楽しい
第4回までが終わった「ならわい2025」。参加者は何を感じているのでしょうか。各チームから一人ずつ、感想を聞いてみました。
奈良ホテルチームからは、東京出身・東京在住のジュエリーデザイナーである池田梓さん。もともと奈良ホテルや奈良が大好きだといいます。

「奈良ホテルに宿泊したこともあるのですが、好きという気持ちが強いからか、課題までは見えていませんでした。『ならわい』が始まってから奈良ホテルに改めて宿泊し、そういう視点で初めて見つめてみたら気づいたことは少しありましたが、好きな気持ちは全く変わらなかったですね。
『ならわい』は、ふだん接することのないタイプの方々と関われておもしろいです。私はどんなことも感覚で生きているので(笑)、しっかりスケジュール管理をしたり、議事録を取ったりしてくれるチームメンバーのお二人との出会いは新鮮で、学ぶところがたくさんあります。
以前は『奈良のどこが好きか』と聞かれたとき、『それが分からなくて、知りたいから通っています』と答えていました。でも、奈良ホテルの魅力を言語化していく作業からヒントをもらって、少しずつ言葉になってきています。暮らしのなかに小さな祈りがあるのが奈良の魅力だなとか、奈良の魅力を紐解いていくのがおもしろいです。これまでは一人で考えていましたけど、今はチームでそういうことも話せるので、私の独自の感覚も見えてきています。
今後の奈良との付き合い方はまだ見えていないんですが、独立して自分のジュエリーブランドを立ち上げるという夢があるので、奈良にアトリエがあったらいいなとか、奈良で販売できたらいいな、などと考えています」

6FARMチームからは、大阪在住で、奈良県内の医療機関で医師として働く相山佑樹さん。
「『ならわい』に参加して、地元住民の患者さんの生活がより意識しやすくなりましたし、仕事では出会えない職種の方とご一緒できていることが大きな学びになりました。チームメンバーは何が得意で、僕には何ができるのか、チームをどう機能させるかなど考えることが、非常に勉強になっています。
『ならわい』をきっかけに、奈良に愛着がよりわきました。奈良の飾らないところが好きですね。観光のために歴史を過度にコンテンツ化して売るような姿勢は、奈良では感じられなくて、無理せずにありのままをお見せしているような印象があります。僕は歴史的な文化や食べものが好きで、奈良にも魅力的なものがたくさんあると知ったので、今は『もっと広く知ってもらう工夫が必要では』と思っています。
今後は医療分野だけでなく、他分野で頑張っておられる方とつながり、仲間と新たなチャレンジをしていきたいです。これまでしてきた、観察研究・介入研究のデザイン、統計学などの勉強は、農業やビジネスに応用がきくので、もう一つ仕事をもてたらいいなとも思っています。
最も重症な患者と向き合う集中治療室のような現場では、誰もが全力で治療に専念する一方で、そのスピード感により、患者本人や家族の価値観がやや置き去りになってしまうことがあります。喜びを提供する手段としていちごのようなものがあれば、医療とは別のアプローチで人に希望を与えることができるのではないかと思います。渡辺さんが医療・介護や福祉分野に関心がおありだと分かったので、できる範囲でお手伝いしていきたいです」

奈良信用金庫チームからは、山神啓さん。以前奥様が「ならわい」に参加し、「ならわい」を知っていたそうです。
「以前は観光という側面でしか奈良を知らなかったのですが、『ならわい』の説明会に参加して『奈良を深く知れそうだ』と思ったんです。参加してみて、率直におもしろいです。多くの方との出会いがあり、チームメンバーのそれぞれにバックグラウンドやキャラクターがあるので、いろいろな気付きがあります。『ならわい』のプロセスが楽しいですね。
調査として奈良で飲食店を営む方たちにインタビューをさせていただいたのですが、ある方が『商店街やまちをつくっているのは一人ひとりの人間だから』と話していたり、別の方はお金を稼ぐことを重視せず、自分の想いを大切にしていたりして、会社員の自分にはとても印象的でした。チームで発表した奈良信用金庫の企画では、想いがある一人ひとりの、顔が見える関係性をサポートしていけたらと思っています。
東大寺の二月堂からまちなみを眺めたとき、『昔の人たちもこの景色を見ていたんじゃないかな』と感じて不思議な気持ちになりました。奈良は歴史を感じられるところが多く、その時間軸と分母が想像できないくらい大きいですね。今44歳なのですが、奈良を前にすると人生の短さを感じます。だからこそ、自分の人生でこれから何をしていきたいか考えています。『ならわい』を通じて、自分の挑戦に向き合っていきたいです」
第5回は2025年12月13日。ここで各チームから最終発表が行われます。
それぞれのチーム、参加者、企業が、どのような着地をするのか、楽しみです。

取材・執筆:小久保よしの
撮影:都甲ユウタ、寺沢成人(6FARMチームのみ)
